妙見菩薩(寛政8(1796))
やっと花桐にたどりついた。ここにいたるまで訪ね歩いた人数をかぞえると、坂元のご婦人から郷土史にくわしい大野氏まで6人の方のお世話になった。川中の岩上にあるということなので、簡単にはみつけられないと予想はしていたが・・・
お訪ねした大野氏には説明のみか案内までしていただき恐縮のきわみ。
案内していただいたところはなんと、高麗川支流に面したそのお宅のすぐ下流の岩だった。高麗川本流ではなくこの支流に鎮座していたのだった。
教えられた方向を透かしてみると、木の間がくれに、いた、いた。舟形の石像がみえるではないか。対岸に張り出した大岩のうえにちょこんと納まっている。岩を回り込んでのぼるルートを教わりなんとか撮影完了。
妙見菩薩は北極星が神格化・仏格化したといわれる。川中に据えられていることから、他所でもみられるように水神としてまつられたものだろう。花桐という美しい地名にふさわしい優雅な菩薩。
市内では初見だ。
高麗川支流をさかのぼっていきながら、なぜか『同時代ゲーム』の”壊す人”が川を遡行して巨岩を爆破し、新天地を開拓する場面をおもいだした。それほど奥深いわけではないが、行き止まりの集落にそそぐ弱々しい光と曲がりくねった川にせり出す岩がそのような幻想をいだかせたのかも。
木から茶色いものがふわりと落ちたとみたのは、じつは野生の猿だった。撮影のあと、小生がわたってきた丸木橋をとおって、まるまるとした猿が数匹、真っ赤な尻をみせながら対岸へ消えていった。市内に隠れ里とも呼びたい、このような別天地があるとは!
馬頭観音(文化元年(1804))
妙見菩薩とはべつに石仏が1躰あると教えられた。集落のある左岸、川にせり出した大岩のうえに据えられている。
頭髪が炎のようで、不動明王かともおもわれるが、三面六臂の不動明王はなさそうなので、馬頭観音と推定。頭部の馬がはっきりみえないのが心残り。顔がふくよかで人間的な表情をしているのがユニーク。ひょっとして施主に似せたのだろうか。ふくぶくしい顔と頭髪の荒々しさとのアンバランスがおもしろい。
側面に「嶋田七兵衛」の銘が彫られている。
案内していただいた大野氏によれば、嶋田氏はいまは更地になっている屋敷跡の主で、集落のお大尽だったが、跡が絶えてしまったとのこと。更地には木も生えていない。片隅には桑を貯蔵するためのコンクリートの構造物がわずかにのこっていた。
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